日々の運動不足の解消を目的に隙間時間に自宅近くをウォーキングすることを日課にしています。
ウォーキングの目的は運動不足の解消の他にも、歩いていると無心になれるので色々な不安や心配事がある時は心の赴くままに歩いています。
現在、私は高齢の母親の終末期の真っただ中にいます。
母は入院中なのですが、いつ病院から連絡がくるか怯える日々を過ごしています。
不安で心が押し潰れそうになる日々を送っています。
幸いなことにコロナ禍も落ち着き、予約すれば面会も出来ることに本当にありがたく思っています。
2020年に突然に突発したコロナ感染。
振り返れば外出もままならず、医療介護現場でも大変な思いをされてきたと思います。
コロナ禍では入院中の面会も一切出来なできない医療機関が殆どでした。
そのような時に面会さえ出来ずにお別れをしなかればならなかった家族の無念さがひしひしと伝わってきます。
現在は制限はありますが、入院している家族の面会が出来るだけありがたいと思っています。
前置きが長くなりましたが、入院している母が終末期を迎えているという現実と向き合うことは大変つらく、現実として受け止めたくありません。
高齢であるから仕方がない、、、と言えばそれまでですが。
そして、親の死は誰もが経験すること。
頭では理解していますが、気持ちでは受け止めきれずにいます。
そんな時に何もする気になれず、家の中にこもっていると不安で押しつぶされるそうになるため、出来る限り外に出るようにしています。
ひたすら歩く。
それが私の不安解消です。
自分と対話しながら歩いていると無心になれて、少し不安から遠のく感じです。
自宅付近を歩いたり、お気に入りのウォーキングコースまで車で行き、そこに車を止めて歩いたり、その日の気分で歩いています。
そこでいつも気になっていたのが、自宅付近の田んぼの農道を歩いているときの道端に落ちているゴミです。
ゴミの数はそれほど多くはありませんが、所々に小さな飴の袋のゴミが見受けられます。
時には鼻をかんだ後のテッシュでしょうか。
そのようなモノが見受けられていてずっと気になっていました。
道端のゴミには気づいていたのですが、拾う勇気はありませんでした。
と言うか、、、、ゴミを捨てる人が薄々分かっていたからです。
この農道をウォーキングしている人は私を含め、数人と限られているためです。
またウォーキングの途中で拾ったゴミを持ったまま歩くのも気が引けました。
今日は気合を入れて、ビニール袋を持参してウォーキングに出かけました。
持参したビニール袋はダイレクトメールで届いた郵便物のビニール袋を再利用したモノを持参しました。
今ではレジ袋もお金を出さなければ手に入れることが出来ない時代になりました。
例えどんな小さな袋でも再利用の方法はありますね。
と言う訳で、ゴミを拾うことを前提に本日のウォーキングを開始。
小さなビニール袋を持参したことでためらわずにゴミを拾うことが出来ました。
ちょっと気の引けるティッシュのゴミはビニール袋を手袋代わりにしてつまんで拾いました。
殆どのゴミは飴の袋でした。
それにしてもゴミを捨てる人はどんな気持ちで捨てているのでしょうか?
とても疑問に感じます。
おそらく何も感じていないのでしょうね。
打って変わって、他のもう一つのお気に入りのウォーキングする場所は、車で少し走った所です。
いつも買い物に行く途中の場所なのですが、このコースは時折、犬を連れた人やご夫婦などがウォーキングしている姿をよく目にしています。
こちらのコースはゴミは一切落ちていません。
夕日がとても美しく、車も殆ど取らない見通しのよい場所でとても気に入っています。
今日は入院中の母を思う不安に押しつぶされそうな気持を晴らすために歩いたゴミ拾いウォーキングで少し気持ちが精々しました。
大谷翔平選手のゴミを拾う姿が注目されていますが、ゴミを捨てる人よりも拾う側の人であり続けたいと思いました。
ちょっと余談ですが、以前に警視庁のユーチューブで宅配便の緩衝材の再利用方法というのを拝見しました。
宅配便などの箱の隙間に入ってくる緩衝材を小さなビニール袋として再利用する方法です。
緩衝材の空気を抜いて片方の口を開けて袋として再利用します。
小さな袋なので、ポーチなどに忍ばせておき飴やガムのゴミを入れたり、出先でのゴミの処理として紹介されていました。
私も今後はウォーキングに出かける際は緩衝材を再利用したゴミ袋を持参して、道ばたのゴミを勧んで拾いたいと思います。
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