ちょっと思いタイトルですが。
先日、夫の従姉妹から「母の状態があまり良くない。主治医から合わせたい人がいたら今のうちに会わせて下さい。」と言われたと連絡がありました。
夫にすると、叔母に当たります。
夫の従姉妹の気持ちを思うと、どんなに不安で辛くで悲しい思いをしているか、いたたまれない気持ちになります。
私も母の看取りで経験しているので、痛いほど心臓のえぐられそうな、不安で不安でどうにかなってしまいそうな、そんな気持ちをよく理解できます。
でも、私にはどうすることも出来ない。
誰も、病院の先生でさえも、人の死を止めることは出来ない。
人は永遠に生き続けられないことは分かってはいるけれど、それでも心の中で、「どうか神様仏様、少しでも長く生きていますように、、、。」と願ってしまう。
いや、ずっと生きていて欲しいと願う。
私はそう思っていた。
だから、母が亡くなったときは、どうにかなってしまいそうだった。
一年忌を終え、どうにかこうにか苦しい日々を乗り越えてきて今がある。
私は今、なんとか母の死を乗り越えてきて平穏な日常を送っているけれど、
この世界のどこかでは、夫の叔母のように人生の終わりを静かに迎えようとしている人がいる。
あの時の母のように。
そして、人生の終わりを迎えようとしている人に寄り添っている人もいる。
辛く苦しく不安な日々と闘いながら、寄り添っている人がいる。
あの時の私のように。
桜が咲いて、お天気も良く、お花見を楽しんでいながら、私は夫の叔母のことを思った。
静かに人生の幕を閉じようとしている叔母のことを思った。
やがて私も行くであろう道。
そして母が行ってしまった道。
ランキングに参加しています。

コメント