佐々木蔵之介の実家は老舗の酒蔵!弟の跡継ぎエピソードがエグイ?

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俳優として高い人気を誇る佐々木蔵之介さんは、京都の老舗酒蔵の家に生まれたことで知られています。

格式ある家業を持つ家庭で育ちながらも、なぜ俳優の道を選んだのか、気になる人も多いのではないでしょうか。

また、実家の酒蔵は現在どうなっているのか、弟が跡を継いだという話や、その裏にあるエピソードにも注目が集まっています。

本記事では、佐々木蔵之介さんの実家や家族の関係、跡継ぎをめぐるエピソードについて紹介します。

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佐々木蔵之介の実家の酒蔵について

佐々木蔵之介の実家は創業140年以上の老舗の酒蔵「佐々木酒造」です。

佐々木蔵之介さんの実家の酒蔵「佐々木酒造」の場所は、豊臣秀吉が天下統一の拠点として、1586(天正14)年に現在の京都市上京区に築いた豪華絢爛な城郭「聚楽第」の跡地です。 

佐々木蔵之介さんの実家「佐々木酒造」の代表的なお酒は、千利休が茶の湯に用いたと伝わる
銀明水で仕込んだ稀代の名酒「聚楽第」が有名です。

その他にも川端康成が「この酒の風味こそ京都の味」と好んだと言われる京の酒「古都」。

佐々木蔵之介さんの実家は、豊臣秀吉の聚楽第跡地で、千利休が茶の湯に用いたと言われる名水で仕込まれたお酒や、文豪からも高い評価を受けるなど、格式高い酒蔵として注目されています。

  • 会社名佐々木酒造株式会社
  • 代表者佐々木 晃
  • 創立明治26年(1893)
  • 所在地〒602-8152
    京都府京都市上京区北伊勢屋町727
  • 電話番号TEL.075-841-8106
    FAX.075-801-2582
  • 従業員数25名
  • 事業内容清酒、リキュール、清涼飲料水の製造・販売、酒蔵ツーリズム

画像リンク先:楽天

佐々木蔵之介の実家の跡取り

佐々木蔵之介さんは男三兄弟の真ん中に生まれています。

現在、実家の佐々木酒造は三男の佐々木晃さんがが4代目として後を継いでいます。

佐々木酒造の社長さんである三男の晃さんが、酒蔵を継ぐことになった経緯をまとめたのがこちら。

兄弟進路と役割エピソード
長男建築家「飲んだらなくなるものは造りたくない」と言って建築の道へ。現在は建築コンサルとして蔵の改築などをアドバイス。
次男(蔵之介)俳優当初は跡を継ぐ予定で、神戸大学農学部で酒米(山田錦)の研究をしていましたが、突然「俳優になる」と宣言して上京。
三男(晃)現・4代目社長大学では中国文学を専攻し、全く継ぐ気がなかったものの、兄二人がいなくなったため「消去法で(本人談)」継承。

佐々木酒造の跡取りとなった三男の晃さんは、当初、家業を継ぐ気は全くなかったそうで、大学では中国文学を専攻したと言います。

しかし、気付いたら兄二人がいなくなり、「消去法で(本人談)」継承に至ったと言うことです。

佐々木蔵之介さんの三兄弟は一見するとバラバラなようでいて、実は非常に仲が良く、お正月などは兄弟が集まってお酒を酌み交わすそうです。

佐々木蔵之介の兄

佐々木蔵之介さんのお兄さんは、東京大学出身とのこと。

酒蔵の長男として生まれた佐々木蔵之介さんのお兄さんは、家業を継ぐ道を選びませんでした。

その理由が、

「飲んだらなくなるものは造りたくない。形に残るものを造りたい」

佐々木蔵之介さんのお兄さんは建築の道を志しています。

学歴も非常に優秀だったお兄さんは東京大学に進学し、建築学を修めたそうです。

佐々木蔵之介さんのお兄さんは、現在は建築家として活動されており、専門的な知見から、実家である佐々木酒造の維持や改修などについてもアドバイスをされていると言うことです。

佐々木蔵之介の学歴

佐々木蔵之介さんの学歴を紹介します。

お兄さんが優秀で東京大学に進学したことで、佐々木蔵之介さんは「実家は自分が継がなければ」との思いで、酒蔵を継ぐことを前提にして進学先を選んでいます。

  • 小学校: ノートルダム学院小学校
  • 中学校: 京都市立二条中学校
  • 高校: 洛南高等学校(京都屈指の進学校)
  • 大学(1校目):東京農業大学 農学部 醸造学科
  • ※家業継承のため、酒造りの専門知識を学ぶべく入学。
  • 大学(2校目):神戸大学 農学部(卒業)
    • ※1989年に編入。

佐々木蔵之介さんは、当初は実家の酒蔵を継ぐため、大神戸大学農学部で酒米(山田錦)の研究をしたそうです。

しかし、神戸大学在学中に演劇の魅力に取り憑かれ、人気劇団「惑星ピスタチオ」の旗揚げに参加。

これが、実家の酒蔵の跡取りに影響を及ぼす結果となっています。

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佐々木蔵之介の経歴

佐々木蔵之介さんが大学卒業後、広告代理店大広(だいこう)に勤務。

同期入社にはますだおかだの増田英彦さんがいたそうです。

広告代理店大広に勤務したことに対しては、実家のお酒を売るためのノウハウが学べると考えたからだそう。

佐々木蔵之介さんは、大広に勤務しながら大学時代に取り憑かれた劇団員として活動していました。

約2年半大阪本社勤務を経て退社。

その後、劇団活動に専念します。

当初は関西を中心に活動していましたが、やがて上京。

この当時のことを、現在の佐々木酒造の社長さんである晃さんは、「突然俳優になると言って、出て行ってしまった。」と振り返っています。

そして、NHK朝ドラ「オードリー」の幹幸太郎役でブレイク。

現在に至ります。

佐々木蔵之介さんの父親は、当初、酒蔵を継がずに俳優になることを猛反対。

しばらくは言葉を交わすこともないほど、溝が出来てしまったそうです。

しかし、佐々木蔵之介さんがテレビに出るようになると、喜ぶようになり、やがて和解したと言うことです。

佐々木蔵之介さんんは、第一線で活躍しつつ、実家の「佐々木酒造」の広報的な役割も担い、兄弟仲良く家業を支えています。

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まとめ・佐々木蔵之介の実家について

佐々木蔵之介の実家の酒蔵についてまとめました。

佐々木蔵之介さんの実家は4台続く老舗の酒蔵で、現在は三男の晃さんが後を継いでいます。

佐々木蔵之介さんの実家の酒蔵ではイベントなども年に数回開催されているようです。

京都観光がてら、足を運んでみるのもいいですね。

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